【世界初の宇宙飛行】ガガーリンよりも先に宇宙へ行った動物がいた

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1961年にソ連(現:ロシア)のユーリイ・ガガーリンが世界初の有人宇宙飛行を成功させてから、これまでじつに500名以上の人達が宇宙へと旅立っています。

このことからも、宇宙への旅は私たち人間にとって、とても身近なものに思えると思います。

しかし、ここまでの道のりは決して簡単なものではありませんでした。

宇宙開発は、多くの苦労と犠牲の上に成り立っているのです。



初めて宇宙飛行したのは、ロシアの野良犬だった

ガガーリンが宇宙に旅立つ以前に、人類は様々な試験を行いました。

その試験の中で、動物を乗せて飛行させ安全性を確かめるものもありました。

例えば、ソ連は1957年に、「クドリャフカ」と呼ばれていたライカ犬を「スプートニク2号」という宇宙船に乗せて宇宙に飛行させています。

スプートニク2号は無事打ち上げに成功し、順調に地球の周回軌道に入りましたが、ライカ犬が再び地球に戻る事はありませんでした。

実は、スプートニク2号は、初めから地球に戻るようには設計されておらず、翌年の4月には大気圏に突入して燃え尽きてしまっていたのです。

ライカ犬は、「宇宙船内の酸素が無くなる前に、毒物によって安楽死させた」と言い伝えられていますが、真相は闇の中です。

ソ連は、このデータを元に3年後、ガガーリンによる世界初の有人宇宙飛行を成功させたのです。

ロシアに続き、アメリカでも動物を試験的に宇宙へ送っていた

当時、ソ連と対立していたアメリカは、宇宙開発という分野で先を越されてしまい、焦ってソ連の後を追うように宇宙開発事業に力を注いでいました。

アメリカはソ連に遅れる事約4年。1961年1月に「マーキュリー・レッドストーン号」によって、チンパンジーを宇宙に飛行させています。

アメリカが宇宙に送ったチンパンジーの場合は、ソ連と違って16分後に地球に無事帰還し、1988年まで生きました。

宇宙開発の発展には、様々な犠牲が伴っている

こうした動物実験によって、宇宙飛行の安全性は確保されていったのですが、それでも事故は起こります。

今までも、宇宙船で事故が起きて何名もの宇宙飛行士が亡くなっていますし、訓練中や発射台での事故によっても、将来を有望とされた訓練生や整備士が多数亡くなっています。

事故が起きる事は、本当に痛ましく悲しい現実ですが、こういった出来事を教訓として、現在に至るまでに安全性がより強化されてきました。

宇宙開発の発展の裏では、このような多くの犠牲が伴っていた事を絶対に忘れてはいけないのです。

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