【地球の公転】地球が太陽の周りを回っているのが分かったのはいつ? ~地球の不思議~

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昔の人々は、太陽が地球の周りを回っているのだと信じていました。

しかし、地球が球体という事が分かり始めた頃、「地球が太陽の周りを回っている」という考え方をする人も出てきました。

この説を「地動説」と言いますが、当時は、なかなか信じられない人々が多く、地球が宇宙の中心で止まっているという考え方が強く根付いていました。



地球の上にいる人に地球の動きは実感できない

地動説が人々に受け入れてもらえなかった理由として、重力の影響があります。

地球上にある物体は全て地球の中心に引っ張られています。

これは、地球が宇宙の中心であると考えられていました。

また、人が馬車に乗って走れば動きを感じるけれど、地面に立っていても地球の動きはまるで感じられません。

これも、地球が宇宙の中心で止まっていると考えられた理由の一つでした。

コペルニクスが地動説を復活させた

1500年代に天文学者のニコラウス・コペルニクスが地動説を復活させるまでは、しばらく、太陽や惑星が地球の周りを回る「天動説」が信じられていました。

カトリック教会の司祭でありながら、天文学者でもあるコペルニクスは、天文学の研究にのめり込んでおり、地球が太陽の周りを回っているという事と、更には、地球は自転しているという事にも気づきました。

ところが、当時、教会は地動説を認めておらず、地動説を唱える人を罰する事もあり、コペルニクスは、地動説の発表について悩んだといいます。

コペルニクスの著書「天体の回転について」は、彼の死の直前の1543年に出版されました。

コペルニクスの地動説を広めようとした哲学者のジョルダーノ・ブルーノは、1600年、教会によって死刑にされ、科学者のガリレオ・ガリレイも1633年に地動説を唱えて罰せられ、「それでも地球は動く」と言ったといいます。

惑星の軌道はだ円だった

地動説がなかなか広まらなかったのは、教会が阻止していたからだけではありませんでした。

地動説を説明する上で、惑星の動きをきちんと予測出来ていなかったのも大きな理由の一つでした。

地球が中心だと考えると、惑星の軌道は複雑な動きをしているという事になりますが、いつどこに惑星が見えるかは計算で予測が出来ていました。

しかしながら、当時、地動説での惑星の位置は、計算での予測は出来ていなかったのです。

この問題を解決したのは、科学者のヨハネス・ケプラーであり、彼は惑星の動きを細かく分析し、それまでは円だと考えられた惑星の軌道はだ円である事を突き止めたのです。

これで、地動説での惑星の位置は、計算で正確に予測し求められるようになりました。

また、同じ頃、ガリレオは望遠鏡を使って、木星の周りを回っている衛星を発見しました。

これは、全て、地球が宇宙の中心であり、全てが地球を中心に回っていないとされる地動説の大きな証拠となります。

しかし、地動説の大きな証拠がありながらもこの説を唱えたガリレオは、教会に罰せられます。

教会がガリレオを無罪だと主張したのは1992年の事でした。

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