【アインシュタインという人物】アインシュタインとはどんな人?~天才の生涯~最終章

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世界的に有名なアインシュタインの生涯と相対性理論がどんな経緯で発表されたかを前回までのブログでお伝えしました。

この度は、その後のアインシュタインと、さらに今まで触れていなかった妻と子供もお伝えします。

アインシュタインの2度の結婚

一度目の結婚は、チューリッヒ連邦工科大学で出会ったミレーバというアインシュタインより4歳年上の女性です。

ミレーバも科学に興味があり、大学時代はよく2人で喫茶店で科学の話をして楽しんだといいます。

始めは、双方の両親に結婚を反対されていましたが、アインシュタインの特許局の仕事が決まったのをきっかけに許しを得てめでたく結婚しました。

しかし、徐々にミレーバとの結婚生活は冷めていきました。

アインシュタインは、ミレーバよりも仕事と研究に夢中になっていくのです。

ミレーバにも問題はありました。

ミレーバは科学者として失敗している傍ら、夫のアインシュタインは論文を書き、教授となり、誰からも尊敬される人物になっていき、そんなアインシュタインに対しヒステリックになっていくミレーバと、そんなミレーバに対し冷めていくアインシュタインの2人の間には溝が深まっていきました。

しかしながら、ミレーバとの間には3人の子供がいました。

一人目は、長女レイチェル。

結婚前に産まれた為、生涯にわたって隠されていたそうです。

二人目は長男ハンス。

母親の苦労を見ながら育ってきた為、アインシュタインの事を尊敬しつつも憎んでいました。

三人目は次男エドアルト。

産まれつき病弱だったが、多彩な才能を持っており、記憶力はずば抜けて良かったといいます。

ミレーバとの関係が冷めていく中、アインシュタインはいとこのエルザに魅かれていきました。

そして、ミレーバとの離婚が成立し、1918年第一次世界大戦が終結した頃、アインシュタインはエルザと結婚しました。

その後、アインシュタインは1921年に「光電効果」の論文でノーベル賞を受賞したりなどで世界的に有名になり、多くの愛人がいたといいます。

ミレーバの時と同様、エルザとの結婚生活も冷めきっていったのです。




アインシュタインの失敗

アインシュタインは宇宙の空間は膨張などしないという「静的宇宙論」を主張していました。

ところが、アインシュタイン自身が考えだした「相対性理論」の式を使って宇宙の姿を計算してみると、静的な安定は無く、膨張するか収縮するかのどちらかの答えになるのです。

静的宇宙を主張していたアインシュタインは、一般相対性理論の式に「宇宙項」という式を付け足しました。

しかし、後に、これは間違いだと天文学者のエドゥイン・ハッブルの実験によって知らされる事になります。

宇宙は膨張していたのです。

アインシュタインは、宇宙項を付け足した事に激しく後悔しました。

この事を「生涯での最大の過ち」と語ったといいます。

アインシュタインの夢

1930年代になると、最先端の物理学では量子論が華となり、そんな時代に量子論は正しくないと主張していたアインシュタインは、もはや時代遅れの物理学者になってしまっていました。

アインシュタインは、量子論等の最先端の研究はする事なく、自分が興味ある研究にだけに時間を費やします。

それは「統一場理論」でした。

物理とは、一見、別々に見えるものも、本質をたどっていけば実は一つのものだと分かります。

特殊相対性理論は「電磁気力」からあみ出した理論であり、一般相対性理論は「万有引力」からあみ出した理論である為、アインシュタインは、「電磁気力」と「万有引力」の2つの力の統一に人生の全てをかけて研究に没頭しました。

しかしそれは完成する事なく、1955年、76歳で生涯を終える事となったのです。

アインシュタインが完成させる事が出来なかった「統一場理論」は、現在の物理学において、未だに解明されることなく重要な課題となっています。

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