【アインシュタインという人物】アインシュタインとはどんな人?~天才の生涯②

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アインシュタインとはどんな人なのでしょうか。

前回のブログに幼少期~大学時代のアインシュタインの様子を述べています。

ここでは、その続きからお伝えします。

電磁波の発見とアインシュタイン

大学では、アインシュタインが学びたかった事は教えてもらえませんでした。

そんなアインシュタインが学びたかったものは、電気と磁気の学問でした。

電気と磁気を一つにまとめた理論を説明する学問を「電磁気学」といい、アインシュタインが大学生だった当時は最先端の学問だった為、教師は誰も教える事が出来なく、その為アインシュタインは大学の授業をサボって独学で勉強したのです。

その「電磁気学」を完成させた、ジェームズ・クラーク・マクスウェルという科学者が、「電磁波」のスピードを算出してみると、「秒速30万㎞」という光と同じスピードであるという数字が表れたのです。

このような事から、「光も電磁波の一種なのだ」という事が結論付けられました。

当時、電磁波はこのようなボールのようなものが宙に浮かんでいると考えられ、そしてそれを「エーテル」と名付けていました。

「エーテル」は、光を伝える物質だと考えられていました。

しかし、この考え方だと、光の速度が場合によって変わるのというのです。

そんなことがあるのでしょうか。

当時、この疑問が最大の謎でした。




「シンプル」は物理学にとっての美しさである

アインシュタインは物理学を勉強するにあたって、「特別」という考えが好きではありませんでした。

シンプルなものが美しいと思っていました。

この考えこそがアインシュタインの「相対性理論」を完成させる事となるのです。

特許局での仕事と3つの論文発表

アインシュタインは才能がありながらも、大学をサボっていた為、就職活動に難を示していました。

推薦者に生意気だと嫌われていた為、全ての就職先で不採用の結果が下されていたのです。

そんな頃、友人に特許局を紹介してもらい、めでたく就職する事になりました。

特許局では仕事は難なくこなし、空いた時間で研究に没頭していました。

紙とペンがあればどこでも研究ができたそうです。

こうして、1905年、26歳の時に、3つの論文を発表しました。

①光電効果について

②ブラウン運動について

③移動する物体の電磁気学について(のちの「特殊相対性理論」)

しかし、すぐには受け入れてもらえず、最初に評価されたのは、①光電効果でした。

そして、そのおかげでアインシュタインの科学者としての名は世界中に広がり、特殊相対性理論も徐々に受け入れられていったのです。

もしも、「特殊相対性理論」だけの論文を発表したのなら、奇抜な新人のおかしな発想としか捉えられず、注目される事はなかったかもしれません。

3つの論文を発表したからこその成果なのです。

改めて、アインシュタインとはすごい科学者ですね。

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